北井企画プログラム1 Exhibition and Online Viewing のお知らせ

レンブラント展

週末に長崎に行って来ました
PAPAのお魚釣りに便乗して滞在時間28時間ほどのプチ旅です
毎回現地から レンタカーで出かけたりお買い物をしたり行き当たりばったりです

たまたま宿泊したコラソンホテルに 『ハウステンボス美術館で「レンブラント展」開催中 』というポスターが貼ってあるのをを発見!
r3早速一人で飛んで行きました
レンブラントの油彩は言うまでもなく素晴らしいですが 私はモノトーンだけの銅版画に水墨画に通じるものを感じて 強く惹かれています
銅版画80点と国内唯一ここでしか見られない原版2点が展示されていました
この時代 聖書を題材にした宗教画や肖像画を描くことはよくありますが日常の一場面を写真に収めたかのような風俗画も多く展示されていて卓越した動きの描写の前に立ちつくしてしまいます

叔母から譲り受けた「ティトス・ファン・レインの肖像」と同じ銅版画が展示されていました
e1041私はティトスが若くして亡くなったレンブラントのご子息だと把握していましたので この画にとても悲しいイメージを想像していました
熊谷守一画伯が 亡くなられたご次男の前で描かれた『陽の死んだ日』といつの間にか重ね合わせて感じていました
でも美術館の喫茶に置いてある書籍を読みあさっているとティトスは4人の子供たちの中でただひとり成人したご子息だとわかりました
レンブラントにとっては何よりの希望の光だったはずです
彼の妻も内縁の妻も3人の子供たちも皆若くして亡くなりティトスも後に生まれた我が娘の顔を見ることなく27歳という若さで亡くなってしまいます

画家にとって描くということは愛情表現のひとつであり命を注ぎ込むかのように大切に大切に筆を走らせていく中で
たとえ絵の中の相手が生きていても亡くなっていても無限大に続く愛情の深さには何の違いもなく 同じことなのだと思います

ふと 三橋節子画伯が頭をよぎります
病気で利き腕を切断しても左手で制作を続け病床で描いた絶筆『余呉の天女』です
3歳の娘を残して先立つ母の計りしれない哀しみと願いがこの1枚に刻み込まれていて絵の前に立ったとき息をするのも忘れてしまい 胸やお腹の奥に鈍痛を感じました(2007年兵庫県立美術館『絶筆』展)
最愛の我が子に先立たれる哀しみも 幼い我が子を残して先立つ哀しみも全く逆の現実ではありますが
死を見つめることは生と向き合うことであり突き詰めると同じことなのではという結論に達し 私の頭の中では再び同じフォルダに収納しています
私自身も自分が今絵を描き続ける意味に通じるものがあると感じています

どんどん話がそれてきました
他では見られない素晴らしい銅版画の数々や美しい庭園なども満喫できて入場料はまさかの500円
フリーゾーンにあるのでパーク入場券を買わなくてもまわりにレストランやお店もたくさんあってすごくお得感です
15年ほど前に家族4人で行ったときはファミリー向けのリゾートだと思っていたけど大人一人でもじゅうぶん楽しく 美味しいコーヒーもいただけて至福のひとときでした♪

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